神職ブログ
神様からの賜り物「イセヒカリ」
二十四節気の内に4月の後半に訪れる「穀雨」という時期があります。 文字通り穀物を潤す恵みの雨、それが良く降る頃合いとされています。これぐらいの時期に合わせて種まきを行うなど、先人は生活の基盤である農業に様々な工夫を行ってきたそうです。
日本人にとってその穀物の最たるものといえばイネです。遠い昔九州にもたらされ全国に広まったとされ、神社におけるお供え物の基本にして最上位に置かれるものです。そんな日本にとってかけがえのない存在であるイネですが、日本に根付くものの宿命である台風との戦いもまた、日本人とイネとの深い関わりの中にありました。
平成の初め、台風によって伊勢の神宮にある御神田は壊滅的な被害を受けました。しかし全滅と言っていい程なぎ倒されたイネの中、2株だけ直立を保ったイネがあったそうです。
これを不思議に思い試験栽培など経て調べてみると、どうやら植えていたコシヒカリとは異なる品種だと結論が出ます。これを当時の神宮少宮司様が「イセヒカリ」と名付けられたそうです。台風や病気に強くて手間がかからず、甘味が強く冷めても味が落ちない、固めの米質でお酒やお寿司にも適するというとても有難い特徴をいくつも具えております。
そんな「イセヒカリ」は、品種の研究を担われた当時の山口農業試験場長の岩瀬氏とのご縁により山口県神社庁に種が託され、種の管理をして下さる山口イセヒカリ会や田んぼをお貸しくださりイネの世話をして下さる農家の方々の支えの下に、山口県青年神職会の奉仕するお田植え祭を5月・抜穂祭を9月に斎行して守り育てられております。このイネから穫れた米は、毎年神宮に奉納が行われております。
今年も去る5月26日、無事に神事を執り納め、これからの立派なイネの成長を心から願い、また将来に亘ってこのイネを守り伝えていこうと一同で決意を新たに致しました。
この「イセヒカリ」、先に挙げた作物としての優れた特徴の他に面白い話を聞き及びました。それは商売っ気を出すと上手く育たないのだそうです。一部では経緯から「神様のお米」などの宣伝の下に売り出そうとした方もおられたそうですが、そこでは上手く生育せず育てるのを止めてしまったところもあるそうです。また、育てる内に容易に交雑と変異を繰り返し、3年もすれば最早「イセヒカリ」とは呼べないほど変わってしまうという特徴もあり、「イセヒカリ」を名乗り売り出されている米の中には、残念ながら品種としての「イセヒカリ」からはかけ離れたものも少なからず存在するようです。こうした流れを防ぎ「本当の意味でのイセヒカリ」を守っていくために、山口イセヒカリ会では3年したら新たに種を送るという活動を続けているそうです。
日本に根付き日本人と共に歩んできたイネ、そこに適応し独自に進化した米「イセヒカリ」。この奇跡的な巡りあわせを末永く伝えていく事は、ある意味で神社・神職の責務であるかも知れません。